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石見銀山に行ったお話

· ひとりごと

自分に気合いを入れるために、

初めてこっそりこのHPをSNSでシェアしてみたりしたのですが、

意外と皆さんちゃんと読んでくださったり、

思わぬ知り合いが実は以前からここの存在を知っていたりして、

今更顔から火が出そうなfooです。

あぁどうしよう。どうしよう。

リハビリを兼ねて何か書こう。

もうなんでもいいから書こう。

恥ずかしさ紛らわすためにとりあえず書こう。

この夏、神の国 島根に車で行ってきました。(奈良の話じゃないんかい)

案外遠かった。。

島根県は、私の尊敬する水木先生だったり、小泉八雲先生だったり、10月には全国の神様が大集結したり、どうもあやしいものを引き寄せる力があると思いませんか?

ということで私もホイホイされました。

今回の島根散策で特記したい場所は

『石見銀山』

…あのですね。

…やっぱりですね。

人々の、死をも覚悟するような本気の祈りがあった場は、

それに気づいてしまった瞬間、

心臓を ヒュッ とつかまれたような、

脅迫的な空気を持ってますよね。

霊感とかそういうものは一切ない(むしろもらえるものならちょっとくらい欲しい)私ですが、極稀に「むむ…」という気持ちになることがあります。

はじめておん祭の遷幸の儀を目にした時もそうでした。

…いや、でもあれはちょっと種類がちがうか。

(おん祭については『春日若宮おん祭』の記事をご参照ください。)

なんと言いますか、

石見銀山はですね、

今でも人々がそこにいるかのような、たくさんの何かを感じるんですよね。

妙に生々しく。

石は朽ちませんもんね。

掘削された岩の一片一片が本当にそのまま残っているんです。

サザエの貝殻に入れた油に火をともした、小さな小さな明かりだけを頼りに、冷たい岩に這いつくばりながら、鉛筆みたいな小さなノミで掘り進んだ小さな小さな無数の間歩(まぶ)が。

 ※間歩とは銀山を掘った後の何kmもつづく長い長い穴のことです。

銀山周辺にはたくさんお寺やお社がありました。

たくさんの人がそこで抗夫の無事を祈り、そして死を悼んだのでしょう。

…しかしそのお寺やお社の多くは今は朽ちてしまっていました。

何とも言えなかったですね。

”さみしい”

そんな言葉が浮かびました。

そう、人がいなくなったら、人々に忘れられてしまったら、鉱物以外は朽ちてしまうんですよね。

里も、文化も、思い出も。

念しか残らない。

でも、念は何も教えてくれないんです。

石見銀山だって、昔は渋谷・原宿並みの人口密度で人がうじゃうじゃいて、それだけいろんな文化があって、いろんな営みがあったはず。

でも今は、何もわからなかった。

風化も循環だから、悪いことではないのだけど、

私はやっぱり、自分のご先祖たちのことが何にもわからなくなるのは、さみしいなって思ってしまうのです。

by foo

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