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人の心と文化についての所感

宿業をするなかで、多くの人の心に触れておもった奈良という土地のふしぎ

· ひとりごと

吉野についての第三者的目線

吉野山は、古くから(1300年ほど前から)人々の祈りの地、信仰の地としてありつづけてきた山です。

ただし、

『宗教』『信仰』

という言葉が、いつの間にか

『胡散臭いもの』『現代の生活の中で必要のないもの』

という認識が固定概念となりつつあり、修験道という言葉自体知る人も減った今、この山は決して多くの人が訪れる場所ではなくなりました。

昨今の寺ブーム、御朱印ブームにもかかわらずこのような現状であるのは、”現代的な”観光地化の流れに乗り遅れたところもあるでしょう。

外国人観光客数もうなぎのぼりですっかり有名になった熊野や高野山に1テンポ、2テンポ遅れをとって、吉野でも若い人やイノベーティブな人たちが動き始めています。

とても喜ばしいことです。

がんばれがんばれといつも山の上から思っています。

彼らは今、彼らの手によって一つの文化を作ろうとしているのだとおもうのです。

人と文化

文化とは、その時代の人々が育ててゆくもの、そして破壊していくものだと思っています。

現代に残る文化も、元をたどれば誰かが新しくつくったもの。

それが多くの人に受け入れられ、後世まで受け入れられ続けたものだけが、結果として今、残っているわけです。

つまり「この文化を後世にのこそう!」と言って意図的にのこしたものではなく、

あるときはおもしろいから、

あるときはおそろしいから、

またあるときはとても大切なものだったから、

そしてその感覚がその時代のマジョリティーだったからだとおもいます。

マジョリティーが変化すれば、きっと”それ”も変化したでしょう。

マジョリティーがマイノリティーになったら、きっと”それ”は消えたでしょう。

過去に”それ”がどれだけ人々の心をゆさぶったものであっても、マイノリティーになった瞬間から消滅へ向かうのです。

日本各地で日本文化が消えているとよく耳にしますが、それはその文化がその土地の人の心に響かなくなった結果だとおもっています。

その原因は教育かもしれないし、建物の変化かもしれないし、遊びの変化かもしれないし、言葉の変化かもしれません。

時代が変化し、その土地の人々の琴線に触れるものが変化した結果でしょう。

そして新しい文化が生まれないと嘆かれている要因のひとつとして、人の心がのっぺらに、もしくはいろんなものを心で感じる余裕や意義が見いだせなくなっているのではないでしょうか。

奈良の特異性

奈良という土地は昔から感受性が豊かな人が集まるところなのだろうなぁと常々おもうのですが、その根拠として、おそろしく多種多様な文化がおそろしく小さな面積ごとにあるのです。

行事、風習、祭り、神事、何をやるにしろ、それは労力を伴うものです。

そして正直言ってそれは、直接わたしたち人間を潤すわけではないし、効率だけを鑑みれば「面倒くさい」。

それでも奈良は多くの地に、それらがその土地の文化として今もある。

はじめは

「奈良の人はまじめなんだなぁ」

と思っていました。

ですが、奈良各地に転々と住んできて思うのは、『決して奈良の人はまじめではない』ということ。

まじめだったらさっさとやることやって、現代の観光に合わせた観光地化してるでしょうからね。

京都や高野山や熊野みたいに。

奈良はぼーっとしています。

この県民性を一言でいうと「うっかり、あはは」だと思っています。

いつも『うっかり』していて、『あはは』と笑っています。

(そんなわたしも先日うっかりお代金もらいわすれました。あはは ※お客様の方からご進言いただいて事なきを得ました)

そんな奈良の人がなぜ、こんなに土地の文化を大事にできてきたのか。

その答えが、

すなわち感受性なのではないかとおもっています。

人は心が大きく動かされたとき、力を出します。

【 おもしろい! こわい! たのしい! うつくしい! かなしい! 】

その瞬間に、脳が一斉にはたらくのです。

そしてそのために、何かをせずにはいられなくなる。

奈良に住むマジョリティーは、ぼーっとしているようで、とても多くのものを感じ取っている。

”そこにあるもの”を感じる能力に秀でているからこそ、それに心を動かされ、その欲望(楽しみたい、愛でたい、鎮めたい、癒したい、など)のために動いてきた。

それが奈良の人にとっては伝統行事であり、古寺であり、民間伝承であり、その元をたどるとおそろしい山の神であり、やさしい仏の姿なのだと思います。

平成も終わろうというこの現代で、そういう変わった人々がマジョリティーであるのは、奈良というふしぎな土地のもつ力だとわたしはおもうのです。

KAM INNにくりかえしお越しくださる方は、感受性がとても高い方が多いと感じています。

山の香り、空の星、お寺の音、夜の静寂、朝の光、空に浮かぶ雲、

わざわざ言わずとも、多くのものごとに気付いてくださいます。

これも奈良のふしぎな力なのでしょうか。

ふー

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