とっくに節分すぎたけど、節分のおはなしを書きたくなったから書いちゃうよ。

Foo is freedom parson!

豆まきをしたり、ヒイラギの枝にイワシの頭を刺して玄関に置いたり、恵方巻を食べたり、などなど、節分は家庭や地方にさまざまな風習が今でも残っています。

多くが忘れられていっている日本の伝統行事の中でも、いまだに家庭内で行われつづけていることは大変喜ばしいですね。

節分とはなにか

ところで、節分についてあらためてよーく考えてみましょう。

・なんで2月3日なの?

・なんで豆を投げるの?

・鬼ってなに?

・ヒイラギ?(わたしは小さいころヒイラギといえば断然クリスマスでした)

・イワシのあたま玄関に飾るとかよく考えたらホラーやな

・恵方巻の恵方って?

などなど、いろいろと疑問がわいてきます。

それもそのはず、

節分とはいろんな宗教行事や民俗文化の集合体みたいなものなのです。

ひとつひとつ読み解いていくとなかなか膨大な情報量。

解釈もいろいろあってこんがらがるこんがらがる。

でもそういうのが民俗学。

ここ"AYASHINARA"はそんなあやしいおはなしを

fooの解釈によって皆さんに紹介するところですので(そうだったのか!)

どうぞ今回も楽しんでお読みください。

※宿をはじめたら、晩ごはんでも食べながら

 お客さんとこういうおはなしをするのが夢です。

ではあらためて、節分のおはなしー。

節分のルーツ1

節分とは、読んで字のごとく季節の分かれ目の日のことです。

だから正確には一年に一度ではないんですよね。

それぞれの節目の日(各季節のさいごの日)が『節分』です。

その節分の中でも、昔の人々にとって一番たいせつな日が

2月3日の節分。

春分の日の前日

※そういえば、季節のはじまりの日といえば春分の日と秋分の日がありますよね。

 でも、夏分の日と冬分の日ってないですよね。

 これはむかしの自然崇拝や稲作信仰のなごりなんです。

は植物が芽生える、つまりはじまりの季節。

(=穀霊さん今年もよろしくね!)

は実りの季節。

(=穀霊さん今年もありがとう!)

っていうこと。

春分は『はじまりの日』、つまりむかしは元旦でした。

ということは節分は?

そう、大晦日です。

つまり、一年の節目、陰から陽へ切り替わる直前の日であったということです。

ドキドキな日や!

現代では節分といえばお寺なイメージですが、

(有名人が高いとこから豆まいてわいわいしてるイメージ)

陰からくる邪気を払う儀式でした。

邪気を払ってきもちよく新年をむかえよう!ってことですね。

ちなみに、『邪気をはらう儀式』であったということをかんがえると、

元々はどちらかというと神道的な儀式だったのではないかと思います。

※宮中の年中行事として延喜式(えんぎしき)にものっていますし。

(今の節分行事とはずいぶんちがった形式ですけどね。この話はさいごに。)

邪気をはらう儀式ということですが、

その邪気を具現化して大衆にもわかりやすくしたのが『鬼』でしょうね。

古神道につうじますが、もともと日本では

神も邪も目に見えない、形のないものです。

でも目に見えないとイマイチどこに向かってお祈りすればいいのかわからない。

だから霊力のある自然物(石とか大木とか)に降りてきてもらったり、

今回の鬼のように具現化したりして、

そこに向かってみんなでお祈りしたり豆ぶつけたりするわけですね。

豆まきとは

節分の豆まきにかんしては、あとから他の行事が習合したものだろうとわたしは思います。

だって、良い悪いにかかわらず神に豆なげつけるなんて…!

おそろしい。。

それに神道で邪気をはらう最強の食べ物といえばでしょうよ!

(まぁ桃なげるのはもったいないし季節的にないけども)

でも豆も五穀(五穀豊穣のアレね)のひとつなので、

穀霊(こくれい)という神さまが宿っていることもたしか。

その霊力をつかっているということなのでしょうね。

※よく「まめ→魔滅→魔目」で魔の目に豆をぶつけることで魔を滅するんやで!みたいな親父ギャグ的な由来説も耳にしますが、それはそれで面白いですよね。このギャグセンスは江戸時代くらいのものかしら。時代とともに文化が変化していくのも民俗学好きのわたしにとってはおもしろポイントです。みんなまじめにうんうんと頷いているところに全力でツッコミをいれたい。それ親父ギャグやで!笑

そんなこんなで、豆まきに関しては

おそらく節分の儀式が民間で行われるようになって以降、

いろんな文化や信仰が習合してできあがった、とても土俗的でおもしろい風習です。

イワシとヒイラギ

古くから日本には『門守り』という風習があります。

家の入口に悪いものを遠ざけたり防いだりするものを飾る風習です。

お正月のしめ飾りや神社のお札なんかがそれですね。

奈良県だと奈良市の庚申さん(通称身代わり猿)なんかが今でも残る有名な門守りです。

このイワシとヒイラギも門守りのひとつ。

柊鰯(ひいらぎいわし)と呼ばれています。

(ネーミングがストレートすぎる笑)

鬼って臭いもの、においの強いものが嫌いみたいで、

まずは焼き焦がしたイワシのにおいで鬼を撃退しようという算段。

でももしそれも我慢して鬼が玄関まできちゃった場合は?

大丈夫です。

近寄ってきたらヒイラギのトゲトゲで目をつつかれて逃げていくそうです。

(鬼どんだけおっちょこちょいやねん。かわいいな。)

今と昔の年末年始の門守り

柊鰯つながりでもうひとつ小話を。

節分の翌日の立春は、むかしの暦で1月1日。

現代では年明けの門守りとしてしめ飾りを飾りますが、

むかしは年越しの門守りとして柊鰯を飾ったということですね。

この二つ、似ているようで少し意味合いはちがいます。

しめ飾りは『しめ縄』から派生したもの。

神域(神さまの世界)と俗世を区切る結界の意味をもちます。

ただお正月には年神さまをお迎えするという一大イベントがありますので、

しめ飾りは

年神さまをご招待するために家の中を神域にする

という意味合いがつよいですね。

もちろん結界なので邪気を家の中に入れないという意味もありますけどね。

「安心してお越しください!年神さま!」というメッセージなわけです。

たいして今回の柊鰯は単純に邪気を遠ざけるものです。

節分は冬から春になる前日。

つまり陰から陽に気が変わるタイミング。

(ってことは陰陽道もからんでる!)

この門守りは陰の悪い気を翌年にもちこまないようにするガード

「鬼くんな!どっかいけ!」というメッセージなわけです。

なるほどネ!

節分のルーツ2

東北地方では、節分は邪気払いというよりは

新年の五穀豊穣をいのる儀式的な意味合いがつよかったりします。

こちらの節分でも豆をまきますが、ここでは

豆をまく = 種を畑にまく所作

という意味合いがつよいです。

それにのちのち邪気払いの文化が習合して、ひとつになったのだと思われます。

おもしろいなぁ。

歳の数だけ豆をたべる意味

なげた豆をひろって、歳の数だけたべる。というのがありますね。

これも年明け、陽のときにむけて穀霊のパワーをもらうという意味があったのでしょう。

ただ、正確には歳の数+1個です。

むかしは数え年ですから、

年が明けるとみんな一つ歳をとります。

つまり翌日にはひとつ歳をとるわけですから、

それにむけて今の年齢+1個分の豆をたべておく、ということなんですね~。

ということで、今年の節分はわすれずに数え年+1個の豆をたべましょうね!

恵方巻と恵方

節分のたいせつなイベントとして個人的に絶対はずせないのは

「恵方に向かって恵方巻をたべること」

です!

豆だけじゃ淡白だしね。

(良質なたんぱく質だけに…ってうるさいわ!)

少し前までは関西だけの風習でしたが、

いまではすっかり全国区ですね。

この要因はセブン○レブンさんの功績以外にないでしょう。

この調子でほかの伝統行事も、現代にあわせてどんどん育てていっていただきたい。

ところでこの『恵方』という考え方。

これは陰陽道からくるものです。

陰陽五行説ってきいたことありません?

陰陽道って『五』がすきで、(いや好き嫌いのもんだいではないのだけど)

映画の『陰陽師』でも安倍清明が五芒星(ごぼうせい)切ってたりするの、絵として有名ですよね。

恵方はこの陰陽五行説の理論から算出された方角です。

詳しく説明するのはめんどくさいので各自調べてもらうとして←

ここでは簡単に。

陰陽五行説は、

世の中のものはすべて ≪木、火、土、金、水≫ からなる、

という考えです。

(木は火を生み、火は土を生み、土は金を生み、金は水を生み、水は木を生む、という自然界の循環。とかまぁいろいろある。)

ほんでその五行のそれぞれに陰と陽があるので、それぞれ分けて、

≪甲・乙、丙・丁、戊・己、庚・辛、壬・癸≫ となります。

この周期で恵方は変化しているのです。

(つまり10年周期)

これによって決まるのが恵方であり、その年の吉の方角です。

恵方巻をたべるときだけでなく、

困ったときに恵方を意識して物事を決めたりするのも陰陽師気分で楽しいですよ。

※ちなみに「おに」という言葉は「陰(おん、おぬ)」がルーツとも言われています。

陰陽道と鬼の関係はあんがい深いのかもしれないなぁ。

節分のルーツ3

どんだけルーツあるんや!ってかんじですが、これで最後です。

はじめにも少し書きましたが、

もともと節分は中国で行われていた鬼やらいの行事だったというものです。

季節の変わり目には邪気(悪いもの)が生じると考えられていました。

(たしかに季節の変わり目は体調を崩しやすいよなぁ。)

その邪気を追い払う儀式が、今の節分のルーツのひとつと言われています。

これが日本に伝わり追儺(ついな)となりました。

この『追儺』というのがルーツ1に書いた、

宮廷の年中行事として延喜式にのっているものです。

追儺は今の節分とはずいぶんと形式が異なります。

「鬼をはらう」という点では同じなのですが、

もっと儀式的というか、寸劇っぽいというか…。うむ。

(儀式って全体的に寸劇っぽいよね。所作とかね。)

この追儺という行事は、今でも日本のところどころに残っています。

奈良では多くのお寺が追儺を行いますが、

なかでも日本で一番古い追儺の儀式がのこるのが奈良県の斑鳩町

聖徳太子の建立、また世界最古の木造建築で有名な法隆寺の『追儺式(ついなしき)』です。

この追儺式については前の記事でくわしく書いてます。

法隆寺の追儺式、とってもおもしろいんですよ!

さてさて、節分についてのご理解がちょっぴり深められたでしょうか。

季節の行事を掘り起こすだけで、古代人の豊かな想像力が垣間見えますね。

現代人も、もっともっとユーモラスに生きれば人生がたのしくなると思うのです。

by foo

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